とけい を みて 「もうこんなじかんか」と おもった きみ
とけい は きみの ことを みて どうおもって いるだろう?
とけい は きみの せいちょう を よろこんでいる と ぼく は おもう
「とけい わかるように なったんだね」 って
きみ は きづいているかい? とけい が わかる ということが どういうことなのか を
きみ が むだに した じかん を、 じゆう を、 こくげん を、
じかん は むげん じゃない
じかん は すすんでいる いま このとき このぶん を よんでいる ときも
じかん は しんでゆく
きのう しんだ にんげん。
その ひと が しぬほど いきたかった きょう を
きみ は
ころしたんだ
とけい は それ を つたえようと していた
きみ は それ を しる すべを おそわっていたんだ
むかし むかし に
…。……。
だから…
だからこそ...
いきている あした を
ころさないで くれ。