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はなくそモグモグ

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メガバクーダ

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星新一ショートショートに「処刑」というものがある

人を殺したかなんかの罪で砂と空気しかない赤い星に飛ばされる。

その時に渡されたのが「銀色の玉」

この銀色の玉にはスイッチがあり、それを押すと空気が圧縮されて水が出る

しかし、それはある確率で爆発するようになっている。

それは1000回目かもしれないし100000回目、あるいは次押した時に爆発するかもしれない

罪人はそんな死の恐怖に向き合って、水を作らなければならない

だいたいたぶんこんなかんじの内容、うろ覚え

 

ようこそ地球さん (新潮文庫)

ようこそ地球さん (新潮文庫)

 

 まぁ、死ぬリスクと常に向き合いながら生をつないでいくんですけど

最終的に主人公は狂ったようにボタンを連打して風呂を作るようになる

 

まぁ作中でも言及されてるんですけど

常に死と隣り合わせの状況って、結構、普段の生活と大差ないですよね。

 

戦場で銃撃ってる発展途上国の兵士が数年先まで生き残って

それを嘆きながらご飯食べてゴロゴロして寝てる先進国の奴が明日死ぬことだってある。

明日死ぬという確率は違えど、平和だからといって明日死なない根拠にはならなくて

ニュースを見ると毎日毎日「誰々が殺された」だとか「誰々が行方不明」だとか

でも近所で起こる失踪事件とか自殺とかは大々的に報道されないから、

実際にはニュースで報道されてる以上に、命ってのはなくなっていくもので。

 

それが僕にはくじ引きに見えるんですよ。

毎日国民全体が、全員分あるくじを引いてその中の数百、もっといるのかな?

とりあえず外れも相応にいくつかあって、それを引いちゃった人は死ぬ。

「死神に魅入られた」みたいな表現がありますけどまさにそんな感じ。

そして、毎日「ハズレを引いた人」がテレビで紹介されるみたいな。

 

だから毎日僕はニュースを見ます、そして生を実感します。

人間ってのは不思議なもので、死と向き合うことでしか生を認識できないんですよね。

「生きてる」って思う時って大体同時に「死」を考えてると思います。

で、それと同時に「もし明日、ハズレを引くのが自分だったら?」を考えます。

どうですか?明日死ぬとしてもそれは満足の行くエンドですか?

 

ジョブズは毎日鏡に問うたそうです

「今日が地球最後の日だったとして、本当にこれをすべきか」

そしてそれがNOの日は、何かを変えたらしいです。

ぼくが思うにこれはプレゼン用のウソっぽいです。

 

 さすがにそこまでいきませんが、あなたは納得してますか?

好きでもない人と思ってもないことを言い合って友達だと確認しあう

やりたくもないことをしかたない、しょうがないと妥協してする

好きなことをしてる奴を将来を考えてないと貶す。

 

それはあなたの人生に必要ですか?

 

将来性なんて言いますけど、好きなことを好きなだけすることだって

明日死ぬかもしれないという将来性を加味した行動でもあるわけですよ。

 

将来のために勉強したって国が崩壊してそれどころじゃないかもしれないし

ニート貶してる社畜だって機械の発達で切られるかもしれない

 

そういうのをあたりまえのように起こしてくるのがクソリアルですし

将来なんて結構曖昧なのにそれを崇拝するように設計する人がいる。

 

その辺僕はちゃんと考えて生きてるんで……

 

 

 

 

 

生きてるんで……

 

 

 

考えて…

 

 

ホワンホワンホワン .。oO(

 

 

 

 

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