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はなくそモグモグ

webサイト:http://kusonote.fool.jp

キチガイのフリをすること自体がキチガイ

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僕は面白い人になりたかった。

少し自分語りさせてください。

僕は小学校に言われた言葉がずっと耳に残って離れない

「君はつまらない人間だな」

実にそう思う、常に合理的で正論しか言えない
良く言えば真面目系クズ、悪く言えば産業廃棄物。
勉学にはげむわけでもなくサボるくせに、
ネタをネタと判断できずマジレスしちゃう。
そのくせやればできると思っているが何もしない。

別に自分を卑下しているわけではない、
自分の悪いことを機械的に羅列しているだけで
自暴自棄になったわけでも卑屈になったわけでもない
これは事実であり、今これを書いてる俺自身の心は一切傷ついてないし、眉ひとつ動いていない。
その点を誤解しないでいただきたい。

幼稚園のころも、みんなが歌う中一人教室のすみで絵を書いてましたし、
母によるとスーパーでおもちゃをねだり駄々をこねる同い年ぐらいの子供を冷めた目で見ていたらしいです。
保育園から行くのを嫌がってましたし、
学校的な機関は生まれて今日好きだった試しがありません。
どこか達観していて、冷めていたという話を聞きます。

そんな僕が小学校高学年の頃、その言葉を聞いた。


「君はつまらない人間だな」


しかし、幼かった僕はそんな自分が嫌いだった。

その頃から少し、他人を意識するようになった。
他人が自分をどう思っているのか、どう見ているかが気になってしょうがなかった。
そして、幼い僕が出した結論は


無関心。


誰にもといえば語弊がある、そりゃあ僕にも友達はいましたし
毎日のように遊び呆けて怒られて廊下に立たされて爆笑してました。
しかしそれは全て受動的な楽しさだと気づいたのです。
僕自身、楽しさを発信しているのだろうか?
僕は人を笑わせたことがあるのだろうか?

耐えない笑顔の中にそんな疑問が浮かんだのです。

でも僕はにらめっこでは負けたことがありません、
変顔のバリエーションが多く、それは十八番芸でした。
今ではただのスパイス程度のものですが。
昔の僕の名誉のために一応言っておきました。

その頃から、僕の人格が独立してきました。
こんな話をすると中二病患者を疑われますがというかほぼ黒なんですけど、
多重人格とかそういうのではなく
何かをする僕とそれを観測する僕が頭の中に混在していたのです。
夢を見るとき自分の背中からの視点になったことありませんか?
マリオカートみたいに自分の背中を映して操作してる感覚。
そんな感じの感覚が芽生え、
何かしている、バカをやっている時でも
それを近いとこから観測しているさめた自分がいました。
それもあってか客観的思考力には長けていると自負しています。

常にそんな自分と向き合っていたため、
テンションが高かったことがほとんどありません。

そして、中学校に入りみんながおとなしくなったが
俺だけ小学生のノリで生活していたので
みんなに「お前変わったな」と言われ続けました
本当はみんなが変わっただけで僕は何一つ変わってなかったんだ。
どうやらそれが面白いらしく、なぜか僕に面白いキャラという付加価値がつき始めました。
いろんな人に絡まれてチヤホヤされたので悪い気はしませんでした。

僕の学校は人数が多いのでクラス数が多く(特定対策に具体的な数字は言えませんが)
一年生は四階に教室が並び、そのうち2クラスは一階に教室が並んでいました。
僕は当時携帯を持っていなく、コミュ障だったので交流が少なく、なおかつ一階の教室だったので
ちやほやされたといっても狭い空間のお山の大将に過ぎませんでした。

一年の頃は一階で、休み時間には四階に行くという人も多かったですが
自分は階段を行き来するのが面倒で、なおかつ四階にも友達がいないのもあって
一回で同じような考えの友達とバカやってました
客観視する自分がいても基本的にはその頃はバカだったので楽しい日々でした、
その頃からBUMPを聞いていたのかな?
でも今ほどはまってなかったですし、他の曲も聞いてたような気がします。

そして、あまり思い出したくないのですが、その頃に友達が死にました。
葬式の日、やせ細り白くなった彼の亡骸は今でも鮮明に覚えています。
心の整理がつき次第、いずれ記事にしようとも思っています。
人の死をブログのネタにするようで筆が進まないのですが、毎年彼の命日に記事を書いてますがいつも消してしまいます。
その時、たくさんの人が嘆き悲しんだとき、少し羨ましくもありました。
自分が死んだら誰が悲しむのだろうか、と。
しかし、あまり面識がないであろう女の子が号泣してたのは少しわざとらしかったですけど。
小学校の頃、唯一俺の下ネタに付き合ってくれ、オタク趣味を共有した彼のことは忘れません。

話がそれましたが
時は過ぎ。
二年に進級した時、僕は四階の教室でした。
廊下に出れば多すぎる人数が交錯してよいそうになりました。
初めての4階で、知らない人が多かったのを覚えています。
初めの授業で新しく赴任してきた国語の先生が好みだったので
ラッキー国語の授業は面白くなるで~と心の中でガッツポーズしました。
そして体育の時、半ズボンを間違えて、長ズボンを持っててしまい、それをごまかすために長ズボンを内に織り込んで半ズボンみたいにカモフラして授業を受け即バレしたのが妙にウケました。
それが二年の初めてのギャグかもしれません。
その頃からまたしても面白いキャラみたいなイメージがつき始めました。
その頃からみんなが僕にフってくるようになりました。
僕はノリがいいというか、プライド、恥のようなものがあまりなかったので、
キチガイじみた行動をすることに抵抗がなく、みんなの期待通りの返しはできていたと思います。

ところが、僕の中の客観的な部分では道化を演じる僕を覚めた目で見ていました。

そんなこともあってか、自分では自分をつまらないと認識していたので
つまらない自分がこんなにも支持される現実が怖かった。
もしかしたら笑ったふりをしているんじゃないか?
面白いキャラという共通理解をでっち上げてみんなが団結する要素にしたのでは?
と考えるときりがありませんでした。
ネタをふられ返すと笑われる。何が面白いのか?
俺は面白いのか?つまらないのか?

そんな葛藤のなか、僕はついに学校を休みました。
とはいっても俺が学校を休む理由の9割は仮病なんですけども(もともとあまり風邪をひかない体質)
親は人間関係がうまくいってないと思っているようですが
全くの逆でした、チヤホヤされすぎて休みました。ごめんなさい!

その日は金環日食で、弟や父さんが騒いでる中、一人ベッドでうずくまっていました、
5月21日、二年前の今日。
そんな誕生日だったのを覚えています。

そして、何日か過ぎ道化を演じては疲れるという日々を送りながら、テスト期間にさしかかりました。
真面目系クズの俺は当然勉強しているはずもなく、授業も国語以外は上の空でした。
それでも一夜漬けで7割弱は取れていたので、その現実に甘えていました。
そして、テスト前日の日、日付的には当日ですが(笑)
提出するはずの問題集を学校においてきたのを覚えています
当然取りに行けるはずもなく、どうしようもない自分に失望しました。

何やってんだ俺。。。

イヤホンで曲を聞いていたのですがそんな時に流れたのが
BUMP OF CHICKENの「ギルド」でした。
精神的に参ってた俺に響いた歌詞が今でも強く記憶に残っています。
その時流れたのがBUMP、そしてギルドでなければ僕の胸に響かなかったでしょう
それほど的確に独りの僕を慰めてくれました。
バンプを敬愛するのも、これがきっかけです。

BUMP OF CHICKEN ギルド 高音質かな? - YouTube

僕は泣きました、人生初の精神的涙。

普通の人が羨ましかった、誰かを笑かすわけでもない、特に優れた特技があるわけでもない、でも友達と楽しそうに笑っているのが。
自分にはそういう友達の作り方ができなかったのだろうか、
面白いからじゃない、強いから賢いから優れてるから、
そんな損得感情抜きで笑い合える仲間が欲しかった。
僕は泣いた、そして、勉強せずに普通に寝た。

そして、そんな僕を面白くない時には面白くないとはっきり言ってくれる国語の先生には救われました。
そして好きでした、今でこそ言えるけど、多少なりとも恋愛感情はあったと思います。
自分にはもう一人好きな人がいたのですごい葛藤しましたけど、その人には気持ち悪いと言われて避けられてます。残念!

当時は自殺も考えてましたね、それと同時期に近未来幻想の原案もでてきた。
だから、この漫画完結させたらさっさと死のう。
そう思って書き始めたけど、全然終わらねぇよ!死なせてくれよ!
まぁ自殺する勇気もないんですけどね。

今は自殺なんて一ミリも考えてませんけれども。

でも俺は何か生み出そうとする志が考えの基盤にあるんだろうな、
楽しいを作りたかったし、面白いも作りたかった。
決して人を楽しませようなんて大層な理由じゃないけど。
作品を見て、自分も作る側に立ちたいってなぜか思ってた。
よくよく考えてみれば小さい頃から漫画書いてたし漫画にしようと思って絵も書き始めた。
もともと人並み以上の画力というか絵を描く習慣はあったので絵がうまいとは言われてたけど自分では全然そうは思わなかった。
完璧主義なのかは知らないけど妙に自分に厳しかったと思います。
自分の絵も周りの人は眼中になく、勝てるわけもないプロと比べてひたすら絶望してたなぁ。
そんな絵が近未来幻想初期の絵だから消したいけど書き直すのもめんどくしい。
ワンパンマンみたいな味のある下手さならいいけどこれはザ・中学生のラクガキってかんじですからね。

そこからすこしずつ、すこしずつだけど考え方が変わってきて、
自分と同じような人を少しでも笑わせれるようになったらな
と思えてきた。
腹がよじれるほどワロタまでは行かなくても。
クスッときて、ちょっと元気でた
っていうのを目指してます。
ホントはクソワロタがほしいんだけどね。


そんなこんなで、生きる希望を見出した俺は
近未来幻想を引っさげて
とりあえず三年を乗り越えて

高校でもそれなりに元気に頑張って

ブログでおしりだしてマンコマンコ言ってるわけですよ

あの時死んでたほうがマシじゃね?
とか言うのやめてください。

と言う訳で、今はテストに差し掛かり、
今こうやって一夜漬けして必死こいて詰め込んでる
という現状はまだ改善途上中です。

そろそろ体力なくなる年ですからコツコツ勉強に切り替えていきたい
一週間夜ふかしとかしんどい。

以前は三日間オールとか麻薬常習者じみたことをやってのけましたけどね。
もうしんどい。
お姉さんのおっぱいにうずくまったら回復するんだけどなぁチラチラ

正直はなくそモグモグを開設したのが2年の最初つまり二年前の最近ですから
死にたいと思いつつもブログを更新してたという、
内容は全く示唆させないからそんなふうに思ってるように見えないかもしれないけど
俺が見たら精神不安定だなって記事はわかる。
っていうか最初のほうの記事は見ないで欲しいし、俺自身過去の記事読むの嫌いだわ
まぁ自分のブログ読むという行為もなかなかキチガイじみてますけれども。

というわけで、
今日は僕の誕生日なのでいろいろと語ってしまいましたが、
つまるところ

誰か祝って!!!




ということですかね。
まぁぼく自身もう年取りたくないので祝ってもらっても嬉しくないんすけど、
なんか死に一歩近づいた気がしていやだね。

あんなに死にたがってたのに今では命乞いかって?
うるせぇしね!!

《P.S.》
この記事書いたり色々だらだらして徹夜したら
体壊して休んでしまい
テスト0点になりました。


助けてください。